京都神社仏閣観光案内

古都京都は日本美術のミュージアム

南禅寺境内案内図・南禅寺境内マップ

《南禅寺の境内案内図・境内マップ》

南禅寺最勝院高徳庵の趣ある参道

南禅寺なんぜんじ

大伽藍だいがらん水路閣すいろかく

南禅寺は京都五山の上に列せられ、日本の禅寺の中でもっとも格式高い寺古刹こさつである。臨済宗りんざいしゅう南禅寺派の大本山。南禅寺の名は永観堂えいかんどうの正式名称「禅林寺ぜんりんじ」の南に位置することから由来する。

※南禅寺界隈・岡崎周辺の地図はこちらから

南禅寺の始まりは1264年、亀山上皇がこの地に離宮を造営したのが南禅寺のはじまりである。1291年に離宮を寺院に改める。皇室発願による初めての禅寺である。1334年には南禅寺は京都五山第一位に。足利義満あしかがよしみつ相国寺しょうこくじを建立し、相国寺が京都五山一位になり、南禅寺は「五山の上」位の最高位になる。南禅寺は夢窓疎石むそうそせきが住持になるなどからも格式の高さが伺える。

ここ南禅寺は江戸時代、松で有名な寺院であった。昭和初期までカエデはなく境内は松とヒノキで覆われていた。およそ50年前からカエデを植え始めて現在の南禅寺の景観が生み出された。

現在では境内には1000本のカエデが覆い茂り、今ではすっかり紅葉の名所として日本全国に知れ渡り、紅葉の季節には数多くの参拝者が訪れる。

南禅寺は大方丈おおほうじょう小方丈こほうじょう、三門、方丈庭園、水路閣、南禅院(南禅寺別院)など各時代の美の遺産が多数あり見どころが多い大寺院。

《上の写真は庫裏へ入り右側「滝の間」の清涼の滝》

南禅寺の青もみじのトンネルの参道と三門

南禅寺の三門は京都三大門の一つ

勅使門ちょくしもん、三門、法堂はっとう、方丈と一直線に並ぶ大伽藍と12の塔頭たっちゅうが並ぶ。南禅寺の三門は伊賀国の大名である藤堂高虎とうどうたかとらによる再興。豊臣家討伐「大坂夏の陣」による戦没者供養のために寄進。南禅寺の三門は特に力強く禅宗ぜんしゅう建築の理想形。「天下竜門てんかりゅうもん」の別名をもつ。

歌舞伎「楼門五三桐さんもんごさんのきり」の石川五右衛門がこの南禅寺の三門に登って「絶景かな〜」のセリフでお馴染みであるが、実はこの三門は石川五右衛門が釜茹での刑で死んだ30数年後の1628年に建てられたもの。あくまで作者並木五瓶なみきごへいの創作である。

《上の写真は勅使門側から眺める青もみじと三門》

南禅寺の三門の楼上から見る京都市街と南禅寺界隈と岡崎周辺の絶景

南禅寺の三門の絶景(大パノラマ)

京都に三門は数々あるが、南禅寺の三門は常に参拝者に開放していて大変珍しい。南禅寺の三門以外では上がれる機会なく非公開の場合が多い。特別公開日のみ登ることができる三門もある。是非上がる事をおすすめしたい。39段の急傾斜の階段を上ると南禅寺の京都市内、南禅寺界隈、岡崎周辺が見渡せ絶景である。

高さ22m。南禅寺の三門、仁和寺にんなじの仁王門、知恩院ちおんいんの三門を合わせて京都三大門といわれる。南禅寺の三門前の大きな石灯篭は6mもあり、日本最大級の大きさを誇る。別名「片灯篭」と呼ばれる。

※毎年、秋の紅葉の季節の南禅寺三門は南側の拝観受付横の階段から三門の楼上へ昇り、北側の階段から降りる一方通行。北側階段使用は秋限定。

《上の写真は三門の楼上から見る京都市内や南禅寺界隈や岡崎周辺を一望》

南禅寺の赤レンガ造のアーチ構造による水路閣

古刹南禅寺と京都近代化象徴の水路閣

水路閣(全長93.2m、高さ14m、幅4m)は古代ローマの水道橋をモチーフとして造られたもの。法堂と南禅院の間にあり明治23年、1890年に完成。この重厚なレンガ造のアーチ橋は琵琶湖からの湖水を京都市内へ通す為に造られた。飲料、工業、灌漑、水運と京都の近代産業の発展に大きく貢献。

南禅寺の水路閣は土木技術者、田辺朔郎たなべさくおの功績が高い。日本の近代土木技術の父である。東京帝国大学教授、京都帝国大学理工科大学教授、京都帝国大学工科大学長などを歴任する。

翌年には水力発電所が稼働。 格式が高いこの南禅寺において、明治の京都における振興の為とはいえ、京都において境内に巨大な近代建築様式の構造物がある寺院などはあまり見かけない。水路閣から南禅寺の寛大さを見ることができる。

今では南禅寺境内の景観、東山の景色にうまく溶け込み、今ではこの美しいレンガ造のアーチ橋は京都が誇る美しい情景である。日本の近代化はここ南禅寺から始まったと言っても過言ではない。京都近代復興のシンボル。京都市指定史跡。

水路閣上部から疎水沿いの散策路を歩き、インクラインや蹴上駅、琵琶湖疏水記念館や無鄰菴方面へ抜けられる。

《上の写真は南禅院(南禅寺別院)の前に風情漂う姿のレンガ造の水路閣》

南禅寺の方丈庭園案内図・方丈庭園マップ

南禅寺の方丈は日本美術の宝庫

室町時代には塔頭60、僧侶は1000人を超えたと云われている南禅寺。応仁の乱や比叡山僧徒ひえいざんそうとの焼き討ち等により、当時の伽藍は全て焼失。今現在の建物は桃山時代以降のものである。

国宝である方丈は大方丈と小方丈に分かれ、大方丈は豊臣秀吉が御所に寄進した建物を移築、小方丈は伏見城の小書院からの移築である。大方丈の襖絵は狩野元信かのうもとのぶ狩野永徳かのうえいとくの作。小方丈の襖絵40枚の「水呑の虎」は狩野探幽かのうたんゆう作。狩野派の一級の美術品を鑑賞できる。(大方丈の襖絵は複製)

南禅寺は国宝、重要文化財の所蔵も数多く、桃山時代の襖絵の花鳥図は狩野元信作、人物画は狩野永徳作など狩野派による名作が素晴らしい。

《上の図は南禅寺方丈庭園案内図》

南禅寺の小堀遠州作庭の方丈前枯山水庭園「虎の子渡」

南禅寺の方丈庭園は小堀遠州こぼりえんしゅうによる名庭園

大方丈の前庭は1629年、小堀遠州こぼりえんしゅうによる庭園。江戸時代初期の代表的な枯山水かれさんすい庭園で「虎の子渡し」と呼ばれ、六つの石を虎の親子になぞらえる。夢窓疎石よる庭園背後の景色を巧みに取り入れる「借景」しゃっけいの手法を復活させたのが小堀遠州と言われている。南禅寺の方丈前庭園も東山を借景とした手法を巧みに取り入れている。

小堀遠州は古田織部ふるたおりべの一番弟子である。江戸幕府の茶道指南役であった古田織部が自刃した後、小堀遠州が茶道指南役を引き継いでいる。日光東照宮、二条城、江戸城、南禅寺、南禅寺塔頭金地院こんちいん高台寺こうだいじ圓徳院えんとくいん青蓮院門跡しょうれんいんもんぜき御香宮神社ごこうのみやじんじゃ仙洞御所せんとうごしょなど数々の建築や庭園の造営に関わっており茶道、建築家、作庭家として活躍した歴史的人物である。

南禅寺は国宝、重要文化財の所蔵も数多く、桃山時代の襖絵の花鳥図は狩野元信作、人物画は狩野永徳作など狩野派による名作が素晴らしい。

《上の写真Aは小堀遠州作庭の枯山水庭園「虎の子渡し」》

南禅寺の華厳庭・龍吟庭

《Bは大玄関庭園。Cは如心庭にょしんていは「心」の字型に石を配し解脱の心を表現。Dは華厳庭けごんてい。Eは茶室「不識庵ふしきあん龍吟庭りょうぎんてい豢龍池かんりゅういけ

南禅寺へのアクセスマップと周辺の神社仏閣の地図

《蹴上駅~南禅寺へのアクセス・周辺案内図》

南禅寺の拝観情報

所在地・電話

  • 〒606-8435 京都府京都市左京区南禅寺福地町86
  • 075-771-0365

交通アクセス・駐車場

  • 京都市営地下鉄東西線「蹴上駅」から徒歩約10分
  • 普通車2時間以内1000円 2時間以上1時間毎500円増し

拝観料

  • 水路閣を含む境内は無料
  • 【方丈庭園】一般500円 高校生400円 中小学生300円
  • 【三門】一般500円 高校生400円 中小学生300円

拝観時間

  • 水路閣を含む境内は終日拝観自由
  • 【方丈・三門】12月1日~2月28日 8:40~16:30
  • 【方丈・三門】3月1日~11月30日 8:40~17:00
  • ※方丈・三門の拝観受付は拝観時間終了の20分前まで 12月28日~31日は一般拝観出来ません

紅葉の見頃

  • 11月中旬から~11月下旬。カエデ等が約200本。境内各所を紅色に染め上げる
  • 格式高い禅宗寺院と紅葉、水路閣と紅葉のコラボレーションは必見

桜と萩の見頃

  • 【桜】4月初旬~4月中旬。桜の種類が数多く、比較的長い期間楽しめるシダレザクラなど約50本
  • 【萩】9月中旬

名作庭家小堀遠州関連情報

利休好みの庭園

智積院

名勝庭園と障壁画

真言宗智山派総本山。成田新勝寺、川崎大師平間寺、高尾山薬王院などの三大本山、高幡山金剛寺(高幡不動尊)などを別格本山とし、全国に3000の末寺をも有する。七条通の東の突き当たりに広大な寺域を誇り、阿弥陀ヶ峰を背景としている。境内には20余の伽藍ある大寺院である。もともと智積院は…

続きを読む

高台寺

高台寺

ねねの寺と桃山文化

東山連峰の霊山の山麓に建つ高台寺。豊臣秀吉の正室である北政所(ねね)が秀吉の菩堤を弔う為に1606年に創建。正式には高台聖寿禅寺という。徳川家康は政治的配慮から造営を援助し95000坪の寺地を誇る壮大な寺院だったが、明治政府の上知令によって削られ今現在は15000坪である。禅宗…

続きを読む

圓徳院の北書院北庭

圓徳院

北政所ねねの晩年の住処

豊臣秀吉の正室、北政所の甥である木下利房が、伏見城の北政所化粧殿をこの地に移築した事に始まり。高台寺前のねねの道を挟んで圓徳院があり、高台寺の塔頭の一つであるが当時は高台寺の山内であった。北政所の晩年の地。58歳から77歳で亡くなるまでの晩年19年間をここで過ごす。秀吉の供養に高台寺…

続きを読む

京都を訪れる人々へ

千年あまり都であった京都の歴史はとにかく深い。国宝や重要文化財などの寺院建築や美術品が数多く、これほど魅力ある街は他にない。ここには1200年もの長きにわたる歴史や文化が凝縮されている。誰もが知っている観光寺院でも一度ならず二度三度と尋ねて頂きたい。毎回新たな発見と感動を、そして心安らぐ京都の情景を楽しんでいただきたい。

私達について

私達が訪れたことのある京都の主な神社仏閣や観光名所、近代建築などを紹介しています。京都にはまだまだ多数の名刹・古刹などがあり、私自身もまだまだ訪れていない神社仏閣が数多く、これからも精力的に訪れたいと思っております。より多くの皆様に神社仏閣、または古都京都という都市そのものに興味をもっていただき、京都観光の架け橋になれば幸いです。

私達の使命

シンプルで分かりやすいウェブサイトを製作することを第一の使命とし、皆様へ良質な情報を提供、より一層知識を深める事ができるコンテンツを展開することを第二の使命として活動しています。

サイトについて

記載している内容の中には学術的に間違っている場合、また違う見解などがあると思いますがご了承ください。また本ホームページの記事、写真、イラスト等の転載及び引用は固くお断り致します。