京都神社仏閣観光案内

古都京都は日本美術のミュージアム

最寄りのバス停から大徳寺へのアクセスマップと大徳寺の境内マップ

《最寄りのバス停(大徳寺前・船岡山)~大徳寺のアクセスマップと境内の案内地図》

大徳寺の仏殿と法堂

大徳寺

紫野の禅宗大寺院

※【2020年特別公開】1月10日~3月18日 11/16~1/18・1/21、2/21、3/15は終日拝観休止 10:00~16:30(16:00 受付終了)大人(中学生以上)800円/小学生400円

※大徳寺塔頭「高桐院」は本堂大屋根瓦葺き替え、建物の耐震工事終了。再開は令和元年(2019年)11月10日(日曜日)から一般拝観開始予定。

【拝観所要時間】:約1時間(特別公開)

臨済宗大徳寺派の総本山。鎌倉時代後期の1315年に宗峰妙超がこの地に小院を建てたのが始まり。他の禅寺、建仁寺南禅寺東福寺と比べれば古いわけではない。皇族の厚い信仰によって大いに栄えるが、応仁の乱で荒廃する。

一休宗純が住職に就き、一休に帰依していた堺の豪商などが再興に就くす。大徳寺は戦国時代は大名に武将や豪商、千利休や小堀遠州ら茶人や芸術家に愛され、数々の名僧をも輩出してきた。大徳寺の塔頭の多くに茶室があり「大徳寺の茶面」といわれる所以である。室町時代から江戸時代にかけての文化財を多数有する大寺院。

桃山時代は織田信長や豊臣秀吉からの信仰も厚く、1582年には豊臣秀吉によってここ大徳寺で織田信長の葬儀が行われている。織田信長の菩提寺として大徳寺塔頭総見院を建立。また秀吉は1585年に大茶会を開催したり、豊臣政権下の大名や武将は争うように塔頭を建立をする。

境内は広大で典型的な七堂伽藍配置によって勅使門、三門、仏殿、法堂、方丈と南北一直線に並び、周辺には今現在22もの塔頭があるが、明治の廃仏毀釈により多くの塔頭が廃絶した。国宝などの数々の文化財を有し日本美術史の中でここ大徳寺は重要な位置づけと言えよう。

《上の写真は正受院前から眺める右が仏殿、左が法堂》

大徳寺の三門

利休切腹のきっかけとなる大徳寺の三門

三門は応仁の乱後初層のみが再建されていたが、1589年に千利休によって改修を行い上層を完成させた。入母屋造、本瓦葺、唐様建築である。

上層内部には天井に長谷川等伯筆の龍の図があり、釈迦如来像、十六羅漢像と千利休像がある。この千利休像は雪駄履きであり、利休の慢心であると豊臣秀吉の怒りを買い千利休は自刃する事となる。

《上の写真は興臨院前から眺める大徳寺の三門》

大徳寺の仏殿

大徳寺は観光寺院ではない

仏殿は1665年再建されたもので重要文化財。重層、入母屋造の唐様建築様式。釈迦如来像が安置され、天井画は狩野元信筆。仏殿前のイブキの木は京都市指定天然記念物。。

法堂は1636年の再建されたものであり重要文化財、内部の鏡天井には狩野探幽筆の九龍図がある。方丈は1636年の建立で国宝。狩野探幽筆の襖絵を有する。方丈庭園は比叡山を借景とする庭園は国の史跡、特別名勝。

唐門は聚楽第の遺構であり国宝。檜皮葺の四脚門。京都三大唐門の一つとして数えられ、桃山時代を忍ばせる豪華絢爛な建築。他に西本願寺の唐門、豊国神社の唐門がある。これらは通常公開されており、いつでも拝観することができるが大徳寺の唐門は特別公開のみである。

ここ大徳寺は観光寺院ではない。修業を第一とするためである。境内を散策する事は出来るが、法堂、方丈、方丈庭園、唐門などは特別公開期間のみの拝観であり普段は拝観することが出来ない。大徳寺には常時拝観することができる塔頭寺院があるが、龍源院、瑞峰院、大仙院、高桐院のみであり、ほとんどの塔頭は通常非公開または拝観謝絶である。年に一回ないし二回の特別公開期間中に拝観出来る塔頭もある。

《上の写真は大徳寺の仏殿》

大徳寺の拝観情報

所在地・電話

  • 〒603-8231 京都府京都市北区紫野大徳寺町53
  • 075-491-0019

最寄りのバス停 交通アクセス・駐車場

  • 京都市バス「大徳寺前」下車 徒歩すぐ
  • 乗用車40台 最初2時間500円 以降30分毎100円

拝観時間

  • 境内は自由
  • 通常公開は塔頭のみ
  • 法堂 方丈 方丈庭園 唐門などは特別公開期間のみ

拝観料

  • 境内無料 各塔頭の拝観は有料

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