京都神社仏閣観光案内

古都京都は日本美術のミュージアム

青蓮院門跡の相阿弥の庭「龍心池」

京都の庭園(1)

京都の庭園を見に行こう

京都観光での神社仏閣巡りの楽しみ方は多種多様あるが、その中でも取り分け庭園巡りは人気が高いのではないだろうか。禅寺の枯山水庭園で自己を見つめ直したり、桃山時代作庭の豪胆な庭で当時の絢爛豪華な時代に思いを馳せたり。庭園を見ながら友人や恋人と語らう人、一人で静かに贅沢な時間を過ごす人など、共通する癒しを求め、形式にとらわれず節度を持って楽しんでほしい。現在の京都では数多くの拝観できる庭園があり、庭園巡りはごく身近なアート鑑賞の一つといえるだろう。

南禅寺の小堀遠州作庭の方丈前枯山水庭園「虎の子渡」

南禅寺方丈前庭園

小堀遠州による枯山水庭園は江戸時代初期の傑作

五山文化の中心地の南禅寺は1291年に建立した大寺院。禅宗寺院の頂点に位置する格式高い寺院。

国宝である大方丈の前に広がる枯山水庭園は1629年小堀遠州によって作庭。別名「虎の子渡」と呼ばれ、築地塀前に樹々と苔、六つの石を配置する。

六つの石を虎の親子となぞらえ、虎の親子が川を渡る様子から「虎の子渡」の庭とよばれる。禅宗庭園ゆえに格式高く哲学的であるが、そこには時を超えた普遍的な美があり、心安らぐ京都の情景もそこにはある。

奥から手前にかけ石組を小さくしていく遠近法の手法、夢窓疎石が確立した古の借景の手法を復活させた立役者でもある。南禅寺の枯山水庭園も東山を借景として取り入れ、秋には紅色の紅葉、春と夏には緑豊かな青もみじが禅宗庭園に彩を添える。

大方丈は寝殿造りで御所からの移築。大方丈前広縁上部の欄間彫刻は左甚五郎作。124にも及ぶ障壁画(襖絵)は狩野派による数々のアート作品。庭園、方丈、襖絵など見えるもの触れるものすべて一級品の文化財であり、南禅寺そのものが美術館と言っていいだろう。

《水路閣や三門でも有名な南禅寺の詳しい記事はこちらから《京都市営地下鉄東西線「蹴上駅」から徒歩約10分》

小堀遠州作庭の二条城二の丸庭園

二条城二の丸庭園【世界文化遺産】

小堀遠州作庭の二の丸庭園は書院式庭園の最高傑作

二条城は徳川家康によって朝廷、豊臣勢力、西国の大名監視の役割、家康が上洛したと時の宿として建造した幕府の最重要拠点。同時期に金戒光明寺二知恩院なども城郭構造に改修され同じく幕府の重要拠点となっている。

二条城造営の際、神泉苑の大部分を取り込んでおり、歴史ある宮廷文化の神泉苑は縮小を余儀なくされている。朝廷の権威の弱体化を狙ったものであろう。

二の丸庭園を抱え込むように建つ二の丸御殿は大広間と「謁見の間」の黒書院からなる。内部は装飾豊かな絢爛豪華さ。謁見の間から見る二の丸庭園は壮大で優美、まさしく書院式庭園の最高傑作である。小堀遠州は石組の配置を二度三度とやり直しており、この飽くなき美の追求こそが世界の人々を魅了する。

蓬莱島と鶴島と亀島と三つの島を表現し、池の西側には滝組などの石組は青石や賀茂川石などがふんだんに使われ華麗で荘厳。当時は今は無き天守閣が借景として取り入れられさぞかし美しかったことだろう。

《彩鮮やかな唐門でも有名な二条城の詳しい記事はこちらから《京都市営地下鉄東西線「二条城前駅」から徒歩約5分》

高台寺東庭の池泉回遊式庭園の臥龍池と偃月池

高台寺東庭の池泉回遊式庭園

小堀遠州作庭の東庭は桃山文化の絢爛豪華さ

東山麓に位置するの高台寺は、豊臣秀吉の正室である北政所(ねね)が秀吉の菩提を弔う為に家康の協力を得て1606年に建立。桃山時代の文化を今に伝える古刹。

高台寺東庭は開山堂を中心に渡廊が繋がり、東山の山並みを借景とした開放的な池泉回遊式庭園は枯淡の装い。楼閣山水の趣と言える。書院と開山堂を結ぶ渡廊の途中には唐破風の屋根が美しい観月台。ねねは観月台から月を眺め亡き秀吉を偲んだという。

小堀遠州が作庭。臥龍池(がりゅうち)と偃月池(えんげつち)の2つの池を囲み、小堀遠州の石組の庭園構成の世界観は豪華で力強く優美。桃山時代の代表的な名庭園。国の史跡・名称庭園。臥龍池は龍が伏せる池という意味で臥龍池という。高台寺創建当時の面影を今に伝える貴重な庭園。

《桃山時代の文化財の所蔵が数多い高台寺の詳しい記事はこちらから《京阪「祇園四条駅」から徒歩10分 阪急「河原町駅」から徒歩15分》

圓徳院の北書院から眺める北庭

圓徳院北庭の枯山水庭園

遠州が関わる北庭は桃山文化を代表する大名庭園

圓徳院は高台寺の塔頭。伏見城の化粧御殿を移築し豊臣秀吉の正室ねねが19年間を過ごした。木下家の菩提寺。方丈の襖絵は長谷が等伯筆で大徳寺塔頭三玄院からの移築。

北書院の北庭は賢庭が作庭、のちに高台寺の東庭を作庭した小堀遠州が整えたとされる。巨岩を配し、自然石を使用した石組み、苔を池に見立て巨石の橋が架かる。まさに豪華で豪胆。桃山時代の庭園は本来、典型的な池泉回遊式庭園であるが、ここ圓徳院は枯滝や石橋の石組によって池泉回遊式のような枯山水庭園となっている。

伏見城の化粧御殿前庭園からの遺構であり、大名庭園らしく絢爛豪華。桃山時代当時の原型がそのまま保たれており、時を超えてそこには普遍的な美の証がある。国の名勝指定。

《桃山文化の魅力が数多い圓徳院の詳しい記事はこちらから《京阪祇園「四条駅」から徒歩約10分 阪急「河原町駅」から徒歩約15分》

東山随一利休好みの智積院庭園を大書院内から見る

智積院庭園

小堀遠州作庭の智積院庭園は日本庭園の美の原点

智積院は東山の阿弥陀ケ峰の麓に大寺院を構える。豊臣秀吉が幼く亡くなった長子の鶴松の菩提を弔う為に建立した祥雲寺跡に、徳川家康の寄進によって智積院を建立。祥雲寺の建物や庭園、障壁画の数々、豊国神社からは宇堂と梵鐘を智積院は受け継ぐ。収蔵庫の長谷川一門による障壁画は国宝。

利休好みの智積院庭園は旧祥雲寺の桃山時代~江戸時代初期の代表的な池泉鑑賞式式庭園を修築したものであり、東山随一の庭として名高い。目にも鮮やかな、四季折々の美しさを楽しめる。特にツツジやサツキの名所として四月下旬から五月下旬は一層華やかな彩を添える。

庭園は祥雲寺の時代に小堀遠州が作庭し、祥雲寺から智積院に変わり、第七世運敞僧正が修復したと言われる。当時の作風を色濃く残しており、自然石による石組みによる廬山と池が大書院の縁に入り込む一体感、樹々の大胆な刈り込み、そして書院に迫るような築山の立体感や遠近感などはまさに小堀遠州の作庭。趣があり、ここに日本庭園の美の原点を見ることができる。名勝指定

《見所が数多い智積院の詳しい記事はこちらから《京阪電車「七条駅」から徒歩約10分 》

青蓮院門跡の華頂殿からみる相阿弥作庭の龍心池の庭

青蓮院門跡の霧島の庭と龍心池

小堀遠州と相阿弥の作庭の名園は名高い

青蓮院門跡は平安時代末期、延暦寺の東塔の一つ青蓮坊が建てられたのが始まり。門跡寺院としても名高く別名「粟田御所」。境内は宮すべてが格調高く宮廷文化の装い。

小堀遠州の作庭「霧島の庭」は林泉庭園。歴史を感じさせる樹齢数百年のキリシマツツジの老木が植えてあり、四月下旬~五月上旬には一面真っ赤に染め上げ、春~初夏には青々とした青もみじのトンネルと艶やかな苔の絨毯、秋は紅葉で彩られる。四季折々楽しめ、京都ならではの情景を楽しめる。

霧島の庭には豊臣秀吉が寄進した神輿型(御興型)灯篭がある。明治26年の火災後、近代庭園の第一人者である小川治兵衛によって庭園は修復。

好文亭前の露地庭園「苔の庭」は江戸時代の茶人である大森有斐が作庭、相阿弥作と伝えられる築山泉水回遊式庭園の「龍心池」は洗心滝や跨龍橋(またぎりゅう)など大胆な石組と築山の曲線美、四月下旬から五月上旬にかけてツツジの彩りが艶やかに境内を染め上げる。青蓮院門跡は名園として名高く古都京都の歴史を彩り続けている。

《皇室ゆかりの青蓮院門跡の詳しい記事はこちらから《京都市営地下鉄東西線「東山駅」から徒歩約5分》

慈照寺の銀閣(観音殿)と錦鏡池

銀閣寺【世界文化遺産】

相阿弥よる池泉回遊式庭園は月が良く似合う

世界文化遺産である銀閣寺の正式名称は東山慈照寺。古都京都を焼き尽くした応仁の乱から五年後の1482年、室町幕府8代目将軍足利義政はここ東山連峰の如意ヶ嶽(大文字山)の麓で造営に着手。ここから東山文化が花開き後世に絶大な影響を与える。日本人の心のふるさとである。

銀閣寺の庭園は国の史跡・特別名勝に指定。足利義政は銀閣寺を建設の際に苔寺を参考にしていると言われているが、当時の苔寺をほぼ模写しているといえるだろう。設計は義政自ら行い、相阿弥が造ったとされている。ここ銀閣寺は義政唯一の遺構である。

銀閣寺に自生する苔の種類は200種ともいわれ、苔寺に自生する苔の種類を超えている。苔寺同様に梅雨の時期や雨上がりの苔の美しさは格別。銀閣寺は苔の美しさでも有名。

しかし江戸時代の改修によって造営当時の原型は失っている。1615年、宮城豊盛によって庭園の整備、各宇堂の改修を果たし銀閣寺は再興。宮城豊盛は豊臣秀吉、徳川家康の家臣である。他に知恩院金戒光明寺など幕府の重要拠点の改修に関わる歴史的名高い人物である。

庭園は苔寺と同じく上下に別れている二段構成、下段は錦鏡池を中心とする池泉回遊式庭園であり、月持山を借景としている。本堂前の銀沙灘と向月台は白川砂を用い造形している。江戸時代後期に追加されたもの。後世にわたって足利義政の美意識や思いを具現化したといえる。

高台寺の観月台、月持山を借景とする銀閣寺庭園と向月台、東山には月が良く似合う。上段の庭からは京都の街が一望でき夕暮れ時は西方浄土を拝むことができる。

《東山文化を代表する銀閣寺の詳しい記事はこちらから《市バス「銀閣寺前」下車徒歩5分 市バス「銀閣寺道」下車徒歩10分》

東福寺の重森三玲作庭の方丈庭園「八相の庭」

東福寺本坊庭園「八相の庭」

重森三玲によるモダンデザイン近代庭園の幕開け

東福寺は1236年から19年の歳月をかけ建立。京都五山の中でも最大級の寺域を有している大寺院。

方丈庭園は「八相の庭」と呼ばれており昭和初期、重森三玲43歳の時の作庭。鎌倉時代の手法を基本とした庭園。釈迦の生涯「八相成道(はっそうじょうどう)」を表す。方丈の東西南北に異なる4つの庭が特徴であり、数ある禅寺の庭園でも東福寺だけである。紅葉の季節だけでなく四季折々の移り変わりを感じることができる名庭園。国の指定名勝。

【南庭(写真A)】(八海の庭)は方丈庭園の中では最も広い。210坪と広大。巨石と白砂の砂紋の八海。ウマスギゴケに覆われた四仙島築山。禅の教えと蓬莱神仙(ほうらいしんせん)の形式美と近代デザインの総合アートである。唐門は明治天皇からの寄進。

【西庭(写真B)】(井田市松の庭)はサツキの刈込による市松模様が特徴的。サツキの根元の縁石(カズラ石)も再利用である。日本庭園で直線、直角の石を利用することはあまりないので珍しい。サツキの市松模様と苔の砂の境の曲線美が対照的で独特の景観。

【東庭(写真C)】(北斗七星の庭)は白川砂に円柱と波紋で北斗七星に見立てている。円柱は東福寺の東司の解体修理の際の廃材の再利用。苔による州浜の曲線美が重森三玲の特徴。市松模様の北庭にも州浜があったが、苔が白砂すべてを覆い今では見ることができないが、そこにはあるがままの自然、自然への敬意である。

【北庭(写真D)】(市松の庭)はウマスギゴケと敷石による市松模様の庭。市松模様は日本の伝統的な模様の一つ。敷石の市松模様の奥行き感は釈迦の入滅までを表現したもの。ぼかしの技法は絵画的。その先のサツキともみじが季節の華やかさを加える。

また東福寺の塔頭である光明院の庭園も重森三玲の作庭であり、「虹の苔寺」または「東山の苔寺」と呼ばれ名庭園である。重森三玲の作庭はデザイン性に優れモダン、なおかつ風情にあふれているが、禅の心もしっかり表現されている。ここ東福寺方丈庭園から重森三玲の革命が始まったといえる。

《紅葉の雲海で有名な東福寺の詳しい記事はこちらから《JR奈良線・京阪本線「東福寺駅」から徒歩10分》

重森三玲庭園美術館の枯山水庭園

重森三玲庭園美術館の枯山水庭園

日本の伝統と格式とモダンデザインとの融合

重森三玲は昭和を代表する名作庭家。日本美術学校で日本画を学ぶ。茶道・いけばなを研究、造園は独学で学ぶ。庭園研究の第一人者。東福寺方丈庭園がデビュー作。禅宗庭園や日本庭園の伝統を現代的表現の融合で新しい風を吹き込む。重森三玲によって復元された庭園も数多い。

重森三玲庭園美術館は重森三玲の旧宅。江戸期建造の書院と重森三玲作庭のアバンギャルドな庭園の調和が奥深い魅力。

書院前庭の中央部にある一枚岩の礼拝石。その奥には三尊石。拝礼石は重森三玲が作庭する以前からここにあったものといわれる。三尊石の奥には蓬莱島、東西に方丈、壷梁(こりょう)、瀛州(えいしゅう)の三島は仙人の住む島を表した石組を配置した枯山水庭園。書院鑑賞式庭園ともいえる名庭園。

青みの発色が濃く美しい徳島産の青石を使用した石組、苔の曲線美と州浜の波模様はまさに重森三玲の美意識と構成力の高さが魅力的。東福寺本坊庭園は丸みを帯びたような安らぎの庭園、重森三玲庭園美術館の庭園はより洗礼された無駄なものがない禅宗的に感じる。重森三玲作の庭園は時を超え今も色褪せず輝き続けている。

2006年より予約制で見学することが出来るようになった。

《江戸期の社家建築と近代庭園が魅力の重森三玲庭園美術館の詳しい記事はこちらから《京阪電車 京阪本線「出町柳駅」下車徒歩約20分》

松尾大社の重森三玲による庭園

松尾大社の松風苑三庭

重森三玲作庭による晩年の最高傑作

松尾大社は松尾山の麓にある平安京の王城鎮護の格式高い寺院。松尾大社建立以前は松尾山に磐座(いわくら)という巨石に神が宿る地祇があり松尾山自体が神域である。上賀茂神社や下鴨神社と並ぶ京都最古の神社の一つ。酒造の神としても有名。

松尾大社には神社としてはかなり珍しく美しい松風苑庭園がある。松風苑は重森三玲の晩年の作庭である。

【曲水の庭】は松尾大社の絶頂期である平安時代を表したもの。平安期の公家や貴族たちが行う、入り組んだ細道の「野筋」と流れ込む小川の「遣水」の曲水の宴の舞台。御手洗川の神水が曲線を描き優雅に流れる。このやわらかい州浜の曲線美が重森三玲らしい。石組は青石を主体としている。築山にはサツキが茂っており五月中旬~六月中旬には朱赤色に染め上げる。

【上古の庭】は松尾神社背後の松尾山の磐座(いわくら)をイメージして作庭。石組を包み込むミヤコザサが森林限界より向こうの神々が住む神域の世界観。

【蓬莱の庭】は不老不死や長寿を願う蓬莱の世界観を表現しており、龍門瀑の滝石組など神社ありながら禅的な世界観をも取り入れている。また近代的な手法も取り入れており、古典の技法と現代の技法の調和のような近代アート作品の回遊式庭園で開放的。重森三玲作の庭園は構成力があり非常にドラマチックである。

《京都五社の格式と酒の神様の松尾大社の詳しい記事はこちらから《阪急嵐山線「松尾大社」駅下車徒歩約3分》

光明院の重森美玲作庭の破心の庭

光明院方丈前の「波心の庭」

重森三玲作庭の枯山水庭園は絵画的な美しさ

光明寺は東福寺塔頭で1391年に建立。東福寺六波羅門から南の住宅街にひっそりと建つ寺院。

方丈前の「波心の庭」は枯山水庭園で、東福寺「八相の庭」を作庭した重森三玲作。「光明」がテーマの庭園で、かなり開放的な造り。

州浜型の枯池とウマスギゴケとダイナミックな青石と紅葉のコントラストが素晴らしい。三組の三尊石組が配置されており本堂と書院のどちらからも鑑賞できる鑑賞式庭園。どの角度から見ても美しい。天龍寺曹源池庭園のような州浜が古き時代に思いを馳せる。

背後のサツキとツツジは雲紋になぞらえ刈り込む造形美と躍動感。室内から眺める庭の景色は格別で絵画的な美しさ。「虹の苔寺」または「東山の苔寺」と呼ばれている。

春は桜、初夏はツツジやサツキ、夏は青もみじ、秋は紅葉と四季折々に趣を変える花や紅葉が美しい。5月~12月は特に苔が素晴らしく艶やか。波心とは「煩悩がなければ仏心という月は波に映る」

《京都五社の格式と酒の神様の光明院の詳しい記事はこちらから《JR奈良線・京阪本線「東福寺駅」から徒歩15分》

真如堂(真正極楽寺)の重森千青氏作庭の「隋縁の庭」

真如堂「隋縁の庭」

重森千青作庭の日本庭園と和風モダンとの共鳴

真如堂は992年創建。元真如堂、近江坂本、一条町、寺町今出川など転々とし、1693年に現在の地で再興。真如堂は旧財閥三井家の菩提寺である。もみじの真如堂として有名。11月下旬の紅葉シーズンは大変な混みようである。

仏殿前の「隋縁の庭」は重森三玲の孫である重森千青氏の作庭。重森三玲の東福寺方丈庭園のように境内の石材などを使用して作庭。二年の歳月を費やす。仏殿の蟇股に描かれている旧財閥である三井家の家紋の「四ツ目結」をモチーフに作庭。

「隋縁の庭」のモダンデザインと日本庭園の調和は重森三玲の思想がしっかり受け継がれており、四季や日時、天候などで表情を変え凛とした趣。

《もみじの真如堂で有名な真如堂の詳しい記事はこちらから《市バス「真如堂前」下車徒歩3分 表参道へは徒歩8分》

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京都を訪れる人々へ

千年あまり都であった京都の歴史はとにかく深い。国宝や重要文化財などの寺院建築や美術品が数多く、これほど魅力ある街は他にない。ここには1200年もの長きにわたる歴史や文化が凝縮されている。誰もが知っている観光寺院でも一度ならず二度三度と尋ねて頂きたい。毎回新たな発見と感動を、そして心安らぐ京都の情景を楽しんでいただきたい。

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私達が訪れたことのある京都の主な神社仏閣や観光名所、近代建築などを紹介しています。京都にはまだまだ多数の名刹・古刹などがあり、私自身もまだまだ訪れていない神社仏閣が数多く、これからも精力的に訪れたいと思っております。より多くの皆様に神社仏閣、または古都京都という都市そのものに興味をもっていただき、京都観光の架け橋になれば幸いです。

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